走るということ(村上春樹インタビュー)

──作家になられたのとほぼ同時期に、ランニングも始められています。作家のなかには、散歩の途中に書きたいものが思いつく方がいます。歩くときのリズムが丁度いいらしいです。ご自身が走るとき、執筆のことは考えますか。

「まったくないですね。走るときは、ひたすら走るのみです。頭の中は空っぽにします。走っていて、何を自分が考えているかなんて思いもつきません。おそらく、何も考えてないのでしょう。ただ、長い間執筆活動を続けるには、頑強でなくてはならない。本を1冊だけ仕上げるなら、さほど難しくはありません。でも、何年も書き続けるというのは、ほとんど不可能に近い。集中力とともに、耐久力が必要とされます。

かなり不健康なものについて、書く場合もある。風変わりなもの、忌まわしいものだって書く。そうした不健康なものを書くには、自らは良好な健康状態であるべき、というのが僕の考えです。逆説的に聞こえますが、本当にそうなんです。

例えばボードレールのように、不健康な生活に身を置く作家も昔はいました。でもそうした時代は過去のもの、と個人的には思います。いまの世の中はとても複雑だから、生き延び、混乱を通り抜けるための強さが必要です。

30歳で作家になり、32か33歳で走り始めました。毎日走ろうと決めたのは、どんな状態になるのか見極めたかったからです。何でも試せるという意味で、人生はまるで実験室です。結果として、自分にとってはよいことをしました。おかげで、頑強になれたわけですから。

ー「村上春樹、井戸の底の世界を語る:The Underground Worlds of Haruki Murakami」『ニューヨーカー』より 

 

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